軒下から雨を眺める。

ため息を言葉に。

牛乳石鹸の例のCM 与えるものと与えられたもの

 ネットで話題になった牛乳石鹸の例のCM。

 批判的な声が相次ぎ、意味不明だの父親サイコパスだの殺人事件だの、散々な意見が飛び交っている。

 それはひとまず置いておいて、私が一番気になったのはフルバージョンのムービー開始1分56秒ごろから始まるこのセリフだ。

 

「親父が与えてくれたものを、俺は与えられているのかな」

 

 youtubeに公開されたWEBムービーのタイトルが「与えるもの」であることから、CM制作者が意図したテーマはここに込められていると考えるのが自然だ。

 では、「親父が与えてくれたもの」とは一体なんなのか。

 ムービーの説明文にはこう書かれている。

 

「昔気質で頑固な父親に育てられ、反面教師にすることで今の幸せを手にした彼。」

 

 つまり、「彼」は頑固だった自分の父親の生き方に否定的だったことが窺える。

 しかし「彼」は開始1分2秒で「でも、それって正しいのか」と父親と真逆の生き方を選んだ自分に疑問を持つ。

 なぜ「彼」は自分の生き方に疑問を持ったのか。

 CM内の「彼」の過去回想の場面、ムービー開始から52秒時点で、玄関から出かける父親の背中。父親の顔は見えない。58秒時点で「彼」と思しき少年がグローブを片手に壁を見つめている。おそらく、壁打ちをするつもりなのだろう。しかし視聴者には、少年だった「彼」が本当は父親とキャッチボールをしたかったことが想像できると思う。

 回想が一時中断し、大人になった「彼」は息子のプレゼントにグローブを選んでいる。きっと父親を反面教師にした「彼」は、休日には息子と公園にでかけキャッチボールをするのだろう。かつて幼い自分がそうしてほしかったように。

 家族思いの優しいパパ。「彼」は自ら望んで生き方を選び、幸せを得た。

 世間的に見ても褒められこそすれ、非難されるような生き方ではない。少なくとも、妻や息子にとっては理想的な夫で、父親であるはずだ。

 それなのになぜ、「彼」は疲れた顔で疑問を呈しているのか。

 冒頭に書いた1分56秒のセリフ。この回想場面で、少年だった「彼」は父親の背中を一生懸命に流している。自分より遥かに大きく、広い背中。父親は少年の憧憬そのものだったのだろう。真剣な手つき父親の生き方を否定する息子の姿は見られない。

 つまるところ、「彼」は自分の父親が好きだったのだ。

 仕事ばかりで家庭を顧みず、遊び相手にもなってくれない父親を憎みながら、どうしても嫌いになれなかったのだろう。むしろ、自分の生き方に絶対の自信を持った背中に、尊敬の念すら抱いていたのかもしれない。

 このCMでいう「親父が与えてくれたもの」とは、尊敬される大人の姿、目指すべき父親像といったところだろう。つまりは人生の指針である。

 しかし「彼」は、父親から与えられた指針とは真逆の姿を選んだ。CM内の言葉通り時代の流れもあるのだろう。

 自分の選択と、時代が求める父親の姿勢。どちらも子どものころ描いていた将来像とは別物だった。それに気付いた「彼」の胸中はどんなものだったのだろう。

 はっきり言っておきたいが、朝ゴミ出しをし、プレゼントとケーキのおつかいをこなし、子どもと休日に遊ぶ父親は、本当に素晴らしいと思う。

 ここで言いたいのは、子どものころ思い描いていた大人になった自分と、実際に大人になった自分のギャップによるストレスだ。大人になった「彼」は、自分の父親に見ていた、あるべき大人の姿が体現できているか不安なのだ。上司に怒られた部下を慰めたり、妻からの電話に出たりしないのは、選択によって捨てたかつての目標へのちょっとした足掻きである。

 子どもっぽい、そして遅すぎる足掻きである。しかしかつて少年だった「彼」に、少しだけ過去を思う弱さを許してもいいのではないだろうか。

 時代は移り変わり、価値観は多様化して目指すべき指針というものは実質なくなってしまった。そんな時代のなかで、「彼」は自分の息子にどんな「大人の姿」を与えられるだろう。「彼」の悩みはCMの最後になっても完全には晴れない。

 でも、とりあえず、お風呂にはいって、一日の疲れと汚れを落として、また明日。

 がんばれ、お父さん。

 

 

 というのが、CM制作者の意図なんだろうけど、ぶっちゃけ生命保険のCMとかの方が向いてると思う。

 

感情の正しい伝え方を考える

 怒りや悲しみの感情を人に伝えると、それ自体が悪いことのように反応されることがある。

 そういった場合、「私は悲しい」「私は憤っている」と伝えられた人が「自分は責められている」と感じるのが大きいように思う。

 また、「怒っている人を見たくない」「悲しんでいる人がいることを認知したくない」という他人の負の感情に引きずられたくない人もいるように感じる。

 

 では他者のヘイトをかき立てずに感情を伝えるにはどうすればいいのか。

 自分なりに考えたことを書きつらねる。

 

1.何に対して怒っているかはっきりさせる。

 まず、怒り(悲しみ)といった感情の矛先をどこに向けているかはっきりさせる必要がある。

 感情の矛先は個人や不特定多数のグループではなく、行為そのものに向けるべきだと私は考える。「罪を憎んで人を憎まず」の精神である。相手の人格を攻撃すると、相手も自分を守ろうと感情的になり双方の幸せにならない。

 「あなたが気に入らない」ではなく「あなたのこの部分、あなたがしたこの行為が気に入らない」と伝えると、相手の人格を否定することなく感情を伝えることができる。

 

2.感情を伝える理由を説明する

 私が一番大きな声で伝えたいのはここだ。

 「感情を伝える理由」と聞いて、「怒っているから」「傷ついたから」と思った人へ、

 違うと思う。

 泣いたり怒鳴ったりする行為は、相手に何かを伝えるための手段だ。

 相手に何かしてほしいことがあるから人は感情を発露する。

 自分の感情は、基本的に自分しか理解できない。自分の内側で制御できないほどの感情が膨れ上がっても、たいてい他人はその理由を、想像することすらできない。

 そして「感情の理由を伝える」とセットで言いたいのが、

 

3.相手にどうしてほしいか伝える

 である。

 人は感情に捉われると「なんでそんなことするの!」と感情を発散させるために言葉を使い、「どうしてほしいか」を伝えるのを怠っていることが多い。

 ここで面白いのが、感情を表に出すときに「なんで!」と大抵疑問形になっていることだ。

 「なんで!」と叫んでも「それは○○○だからです」と返ってくることはまずない。「なんかよくわからんけど怒ってるな」と思わせるだけである。

 「なにをしてほしいか」を相手に伝えないと、怒られた原因がいつまでもわからないので相手は同じことを繰り返す。そしてまた相手の癇に障ることをして、爆発……。

 

 まとめると、

・感情の矛先をはっきりさせる

 (相手の行為に矛先を向ける、相手の人格に矛先を向けない)

・感情の理由を伝える

 (自分がなぜ怒って、悲しんでいるかを伝える)

・相手にどうしてほしいかを伝える

 (してほしいこと、してほしくないことを具体的に伝える)

 

 上のまとめを読んで「面倒くせえ」と思った人。

 そう、私の言っていることはとても面倒くさい。

 なぜなら冷静に客観的に、自分の感情の理由を自覚し、相手に具体的に説明をしなければならないからだ。

 しかも、ムカッときたりイライラしているときに。

 自分を客観的に分析することも、相手に説明することも骨が折れて頭を使うのに、なんでこんな面倒なことを・・・・・・と思った人は多いと思う。

 ただ、人は「こうしたほうがいい理由」を知ると、意外なほどにフットワークが軽くなる。

 一度理由を伝えてしまえば、「そうしたほうがいい理由」が相手の頭に入っているので、今後説明する必要もない。(相手が忘れない限り……)

 ただただ感情のみをぶつけ合い、本当に望んでいることを伝えないまま関係が壊れ、修復不可能になってしまうのはあまりに悲しい。きちんと話し合えば、今後何十年も良好な関係が続いていたかもしれないのに。

  怒られた人に言いたいのは、怒られるということは、相手が自分に期待しているからだ。相手に向かって怒鳴ったり泣いたりするのは、自分をより理解してもらうことを相手に期待しているからだ。

「この人は私がなにを言っても変わらない」と思う相手にはなにも言わない。怒りも泣きもしない。人はやっても意味がないことをしない。しょせん「見限られた」状態である。喧嘩ができるのは、お互い話し合う余地があると無意識に考えているからだ。

 

 感情的になったときは、ほんの少しだけ深呼吸して頭を冷やしてみてほしい。コツやポイントを抑えれば、伝えたいことを正しく伝えるのは難しくない。

 

孤独は寂しいが不幸ではない

 私は一人が好きだ。

 一人で本を読むのが好きだし、一人で映画館に行くのも好きだ。人でラーメン屋に入るのも好きだ。

 一人はいい。自分の時間を自分のペースで使うことができる。行きたい場所があれば自分の都合だけで、誰かのスケジュールを気にすることなく出かけることができる。突然予定を変更して途中下車しても文句を言う人はいない。ベンチに座りなにもせずぼーっとした時間を過ごすことも可能だ。

 一人でいるのが好きだ。一人の時間が好きだ。一番落ち着くのは自分の家だが、時折家に家族がいることすら煩わしい。一人の時間がないと生きていけない。

 

「一人でいることは寂しい」という価値観が、私にはどうしても受け入れがたかった。

 一人が好きというだけで、社会から逸脱した不適合者のレッテルを貼られるのが悔しくて仕方がなかった。なにより、「一人でいるのがかわいそう」と勝手に憐れまれるのがひどく腹立たしかった。

 しかし学生時代、クラスメイトを見ても、誰もが異様なまで一人でいることを恐れているようだった。三者面談でも「友達は作ったほうがいい」「いまはよくても社会に出たら困る」などやんわりと注意を受けた。

 なぜそこまで集団でいることに重きを置くのか。一人のなにがそんなに駄目なのか、私には理解できなかった。

 私には友達がいない。恋人もいない。ほしい、作ろうかと思ったこともないといえば嘘になる。だが熱意がさっぱり続かないのだ。なんとなく寂しい、友達が欲しいと思っても一時間もすれば忘れている。次にそう思うのは三ヶ月くらい後だ。そして一時間後に忘れる。

 友達が欲しい、恋人が欲しいというより、「友達が欲しい」という感覚が欲しかった時期があった。だって、欲しくないだけで、周りから変な目で見られるのだ。

 友達がいて当たり前。そういった概念がうっとおしくて仕方がなかった。

 

 一人でいて寂しくないのか、と思う人へ。

 正直言って、一人は時々寂しい。私と同じ時間を共有して、気負わずどうでもいいことを話し、共感してくれる誰かがいれば、と思う瞬間がある。

 一人でいて楽しいのか、と思う人へ。

 正直言って、一人はすんごく楽しい。読書も、映画鑑賞も、園芸も、美術館巡りも、散歩も、小旅行も、食事も、一人でやって楽しくないことなんて一つもない。勿論、誰かと一緒でも楽しいと思う。しかしなぜ、一人だと楽しくないのか、私にはまったく理解できない。こんなに楽しいのに。

 一人は楽しい。時々寂しくなるけど、そう断言できる。

父親が老人であるということ

 父親が白いおじいちゃんに見えた話をする。

 うちの父は七十代間近で、心臓を悪くして仕事を辞めた。一時期入退院を繰り返し、呂律が回らなくなったり家族のことも分からなかったりと、脳卒中に近い症状にもなった。

 そんな父はいまでは信じられないほどぴんぴんしている。本人も親戚も「一回死んだ」と笑い話のネタにするほどの復活っぷりだった。

 そのぴんぴんしている父はいまは自治体の緑化活動に精を出し、近所の公園の花壇を手入れするのが日課になっている。もともと人と話すのが好きな父は、公園に花が増えたことで近所の人と話す機会が格段に増えた。娘の目から見ても、以前よりずっと楽しそうで、自分の人生を満喫しているように見える。

 ある晴れた日、花壇に水をやっているときのことだ。父に影響を受け立派な植物バカになった私も日常的に手入れの手伝いをする。無心でじょうろを手に水を撒いていた私は、花壇の柵の前を老人が通りかかるのを見つけた。

 地元住民の交流の活発化を目的とした緑化運動は功を奏し、私たち親子は近所の人たちに「公園の花を世話する人とその娘さん」という印象で知られている。通りすがりの人に声をかけられることも増えた。

 その老人は白いポロシャツに白い髪。第一印象が「全体的に白い人」だった。そのおじいちゃんは背を丸めてゆっくりと歩いていた。あんな人、近所にいたっけ? と考え込んだ私は二秒後に気付いた。

 あれ、うちのお父さんじゃん!

 家族や知り合いがまったくの他人に見える瞬間があるとは聞いたことがあったが、私にとってはそれが初体験で「あ、これか!」と新鮮な驚きがあった。

 まったくの他人としてみる父は、どこにでもいそうな、皺の多い日焼けした顔で、なにより、紛れもなく老人だった。

「この人はもうすぐ死にゆく人なんだ」

 自分よりずっと年老いていて、あっという間に寿命を迎えてしまう人なのだと、家族という視点を外して初めて気付いた。数年前救急車で運ばれたときから、「この人はいつ死んでもおかしくない」と覚悟していたけど、思ってもみない角度からそれを見せつけられてしまった。

 私と父は自他ともに認めるほど仲がいい。たぶん、小さい頃によく遊んでもらったり、共通の趣味を持っていたり、考え方や頭の構造が似ている部分があるからだろう。

 私は父が死にかけ、復活したときに父を病人扱いしないことに決めた。父は真面目で自立心が強く、「もし自分が痴呆になったら山の中に捨てて来い」というような人だ。

 私は、いまを楽しんでる父に自身が病気であることを意識させたくなかったし、父のことで勝手に神経をすり減らしてストレスを溜めるのも嫌だった。

 だから私は、父が病気だろうがなんだろうが、腹の立つことはしっかり伝えるし、喧嘩もするし、必要以上に気を遣わないことに決めた。勿論生きているうちにできる限りの親孝行はするつもりだ。

 ただ、それができる期間は思っていたより短いのかもしれないと思った。

食べた後の食器を流しに運ばない理由

 私の父は食事の後、空になった食器を流し台まで運ばない。

 今日、父とそのことで久々に口論になった。

 

「なんでいっつも運ばないのよ! 食べ終わったらすぐ運んでよ!」

「いつもじゃないだろ! 何を言ってるんだ!」

「いつもでしょ!? なんで運ばないのよ!」

 

 なんとも平行線な実のない会話。

 いつもなら面倒になって引く私も今回ばかりはヒートアップして怒鳴り散らした。

 

「たかだた三つ四つの食器を運ぶだけでしょ!? テーブルから流し台までほんのちょっとでしょ!? すぐ終わるじゃない! なんでそんなこともしてくれないの!?」

「俺にも他にやることがあるんだ!」

 

 と、父は憤慨。

 父は手に携帯を持ってメールを打っていた。

 

「急ぎのメールが来てるんだ! 早く返信しないといけないから、こっちを先にやってるんだ!」

 

 私はそれを聞いてさらに怒りのボルテージが上がった。

 メールが大事なのは百歩譲っていいとして、それは本当に食器を運ぶことよりも先にやらないといけないことなのか? 食器運びに何十分もかかるならまだしも、私が頼んでいるのは父一人が使った食器の運搬だ。ご飯茶碗に、味噌汁碗、魚の煮つけが乗っていた皿一枚に、小皿が一つ、ビールを飲んでいたコップ。それだけだ。食事のテーブルから台所が遠いわけでもない。歩いて三歩でたどりつく。どんなにゆっくり運んだとしても数分程度しかかからないだろう。父がちんたらメールを打っている時間のほうがよっぽど長い。しかも、父は「メールを打っている」というがそれは食事を終えてから三十分近くが経過してから言い出したことだ。なにかにつけ用事を見つけては食器運びを後回しにするのだ。父は。いままでの記憶が蘇って私はここ数ヶ月で一番の大声を出した。

 

「食器運びなんてすぐ終わるでしょ!? こっちは全部まとめて皿洗いたいの! だからとっとと流しまで運んでほしいの! テーブルも汚れてるから布巾で拭きたいの! 食器があったら拭けないでしょ!?」

「じゃあそう言えよ!」

 

 は?

 父の言葉を聞いた私の気持ちはまさしく「は?」だった。

 

「そういう理由で食器を運んでほしいならそう言えよ! 言わないとわかんないだろ?」

 

 言 わ な い と わ か ん な い ?

 なに言ってんだこいつ。

 一体なんのために何度も「食器を運んで」と言い、自分の食器を流し台に運んでいたのか、その理由を一から説明しないとわからない? 馬鹿じゃねえの?

 メールとか、その他の用事とかは本命じゃなかった。

 どうして食器をすぐ運んでほしいのか、父はその訳がわかっていなかったのだ。

 

 父は口論の最中ぐちぐちと「こっちの都合も考えずに」と言っていたが、人の都合を考えないのはどちらなのか。少しくらい、誰がどうやって家事が回っているか想像してくれてもいいんじゃないだろうか。

 まさか食器を運ぶ理由を逐一挙げて説明しなければならないとは思っていなかった。

 もしかしたら「言ってくれないとわからない」は、口論で押し負けそうになった父が放った苦し紛れの反撃だったのかもしれない。

 いっそそのほうがまだましに思える。

 

褒められて育ったけどなんとなく自己肯定感が低い件について

 自己肯定感は褒められて育つらしい。

 かくいう私も結構褒められて育ったほうだ。

 テストの点が良ければ「すごい!」と褒められ、通信簿に先生の賞賛の言葉が並べば「えらい!」と感激された。

 褒められること自体は嬉しかった。実際そのおかげである程度の自己肯定感が育ったように思う。

 ただ、褒められたのは良い結果が出たときだった。

 別にテストで悪い点を取ったからといって、人格を否定されたり激しく罵倒されたことは一切ない。特に褒められることもないだけで。

 良い結果が出たときは必ず褒められた。

 しかし、だからといって「褒められるために頑張ろう」という気は一切起きなかった。その時点で頑張ることは当たり前になっていたからだ。

 あるとき大して勉強もしていないテストで良い点を取った。やっぱり「すごい!」と褒められた。

 後になって考えると、私は板書をノートにきちんと写したり、宿題を必ず全部こなしたり、テスト期間前に集中的に勉強したりと、それなりの努力をしていた。しかし、私の中でそんなことをするのは当たり前になっていて、努力と呼べる範疇に入っていなかった。

 そして大して努力もしていないテストで、良い点を取り、褒められた。

 このとき、私は結果がすべてであることに気がついた。

 良い結果が出たから褒められたわけであって、私が頑張ったから褒められたわけではないのだと。

 私の中で努力が無価値になった瞬間だった。

 

 以来、私は結果に拘るようになった。

 努力の過程は関係ない。結果のみが評価されるのだ。

 でも、どこかでずっと努力を評価されたいと思っていた。

 自分がこんなに頑張ったおかげで、こんなに良い結果が出せたのだと知ってほしかった。その一方で「努力に価値はない」と思っていたから、わざわざ努力していることをアピールすることができなかった。

 結局努力は誰にも知られず、結果のみが見られ、評価された。

 努力すれば大抵の場合結果はついてきた。高校までの勉強ではそれは顕著だった。

 しかし大人に近づくにつれ、努力してるつもりでも結果が出ないことが増えていった。

 私は焦っていた。結果が出なければどれだけ努力しても意味がない。良い結果が出せなければ私は評価されない。愛されない。いつしかそんな強迫観念に苛まれていった。

 

 

 

 

 

 「生きているだけでいい」「それだけでいい」

 

 そう言われたのは「死にたい」と口に出すようになってからだった。

 

 私は納得がいかなかった。結果を残せなければ自分に価値はない。ずっとそう思っていた。

 

 「別に大した結果を残せなくてもいい」と思えるようになったのはここ最近のことだった。

 そう思わないといつまでも自分に合格点をあげられなくて苦しいことに気付いたからだ。

 

 私はいまでは次の二つのことに気をつけている。

 

1.自分で当たり前だと思っていることを褒めること

 自分で当たり前だと思っていることが、冷静に考えると結構な努力に支えられていることに気付いた。なので些細なことでも自分をできるだけ褒めるようにしている。(口に出さなくても、脳内だけでもいい)

 例えば遅刻しない時刻に起きた、自分で一食分の食事を作った、など。

 また、自分で決めた一日のノルマが達成できなくても、ゼロでない限り、ほんの少しでも進んでいる限りそれで合格とする。

 

2.目標を低く設定すること

 これは1と表裏一体で、自分が夢見ている理想がとんでもなく高いことを認識することでもある。自分の実力と理想を高く考えすぎず、「自分なんて大したことないんだから、これだけやれれば万々歳」と思い切って目標値を下げまくる。すると無理なく目標が達成され、お手軽に達成感が得られる。達成感が得られると自信に繋がる。こうして目を見張るような結果が残せなくても、自己肯定感が育っていく。

 

 

 ネット上で時々自己肯定感が低い人の話を目にする。そういう人は大抵(私の観測範囲内に限り)親に虐待されていたり、子どものころから何度も人格を否定された過去があることが多かった。

 私は言うまでもなく親に恵まれた人間だ。よく褒められ、よく可愛がられた。

 なのになぜか自己肯定感が低かった。何をしても自分に満足できなかった。

 その原因はおそらく、「これだけ結果を残したから胸を張っていい」という条件付きの自己肯定だったからだ。

 

 理想を高く持ち、結果を残すことに執心するのも一つの生き方だと思う。そういう人にはいまだに憧れを抱く。

 ただ、自分を追いつめても楽しいことが何一つないなら、それはやめたほうがいい。

 小さく見えることでも自分を肯定したほうが、ずっと楽しく生きられるから。

もしロミオとジュリエットが死ぬことなくその後幸せな生活を送ったとしたら

ロミオとジュリエット

 

 ざっくり言うと、敵対する家の息子と娘が恋に落ちたあげく、駆け落ちに失敗して二人とも死んじゃう話です。

 ざっくり過ぎますね。

 

 それは置いとくとして、あなたは『もし』と考えたことはないでしょうか。

 

「もしロミオとジュリエットが、上手く駆け落ちに成功しその後二人で幸せな生活を始めたら」

 

 どうなっていたでしょう?

 

 それを舞台を日本に置き換えて描いたのが、

 

 

三毛猫ホームズの駆け落ち」

 

 

 です。

 

 はい。この記事は赤川次郎が生み出した猫探偵小説に関する記事です。

 早速行きましょう。

 

※以下、事件の真相、動機、犯人のネタバレがあります。

 嫌だという方はここでブラウザバックを推奨します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三毛猫ホームズの駆け落ち」は、とある田舎町の有力者の家の息子と娘が駆け落ちする場面から始まります。二人は大雨の日、氾濫した川の濁流に身を投げ、生死不明のまま十二年の歳月が流れました。

 舞台は東京に移り、町の人間が駆け落ちした二人を探しに来ますが、ひょんなところから「三毛猫ホームズ」シリーズのレギュラー、片山晴美とその兄である刑事、片山義太郎が駆け落ちした二人だと勘違いされてしまいます。

 それをきっかけに、三毛猫のホームズと片山兄妹たちは深く事件に関わっていくのですが・・・・・・。

 

 話のあらすじはこれくらいにして、メインの話に行きましょう。

 

 十二年前に駆け落ちした二人、片岡家の長男、片岡義太郎と山波家の長女、山波晴美は(もう言わなくてもわかると思いますが、勘違いの原因は下の名前が同じだったからです。苗字は「片」岡と「山」波から取って「片山」ではないか、と・・・・・・)

 

 じつは、駆け落ちした後に別れていました。

 

 ここで、「えー!?」と思う人、「やっぱりね」と思う人、千差万別かと思います。

 駆け落ちした当時、二人は十七歳と十四歳という若さで、家も故郷も安定した豊かな生活も投げ打って、恋を取りました。

 しかし人の心は変わるものです。熱情が激しく燃え上がるほど、一旦その温度が下がったときの失望感は大きなものでしょう。

 また、架空の物語であれば「二人は手を取り合い、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、おしまい」で、「お終い」にできます。しかし現実であれば、窮屈なしがらみから逃れた後も生活は続いていくのです。

 二人は現実の生活の苦労に負けました。

 最初に音を上げたのは義太郎の方です。いままでとは違うお金に苦労する生活、それに反比例するような晴美の重すぎる愛情。ついに義太郎は他の女性と関係を持ち、子どもができたことで別れを切り出します。晴美は晴美で包丁を持ち出し、「あなたを殺して自分も死ぬ」と言い出しました。ここまで来ると意地ですね。そんな男捨ててさっさと別れるべきです。

 結局二人は別れ(もちろん、生きたまま)その後、それぞれに幸せな家庭を築きました。

 ロマンチックな禁断の恋物語は生々しい破局を迎えましたが、傷つきながらも二人はささやかな幸せを手に入れました。

 

 しかしそうは問屋がおろさないのが怖いところ。

 

 二人の故郷で、それぞれの家の跡取り候補だった青年が二人とも死亡したことにより、遺産相続を廻る醜い陰謀が動き始めます。

 二つの家の対立、莫大な財産の行方。

 大勢の人を巻き込む騒動から、ある一人の人間の心にとてつもない欲望の芽が吹き出します。

 

 「上手くすれば、両方の家の財産を手に入れられる」と。

 

 その人物は苦しい生活に嫌気が差し、過去の贅沢な生活を忘れられませんでした。

 

 そう、この話で起こる一連の殺人事件の犯人は、過去に晴美と駆け落ちした片岡義太郎です。

 

 作者の赤川次郎は、事件後片山刑事に「金持ちの坊ちゃんの限界だったのかな」(角川文庫、p.365)と言わせます。

 鬼ですね。

 

 要するに赤川次郎は「ロミオとジュリエット」の「もしもの続き」を描き、

 

「なんの覚悟もないお坊ちゃんが恋愛で生活投げてまともに生きていけるかよバーカ」

 

 と言ってるんですね。

 赤川次郎の作品群は読みやすい文体、軽妙なギャグを挟む会話、救いの感じられるラストに騙されそうになりますがその実かなり辛辣です。細やかな人物造形がえぐいのです。

 

 ちなみにかつて義太郎と駆け落ちした晴美は、義太郎の計略によって殺されかけたもののなんとか生き延びました。

 事件解決後、晴美は「あの人があんなふうになっていくのを止められなかった」と話します。

 人は変わります。年齢を重ね、環境が大きく変わり、知りもしなかった苦労を経験すればなおさらです。そんななか、過去に誓った想いを変わらず守り続けるのは非常に困難なことでしょう。義太郎が変わったことを責めるのも難しいものです。

 赤川作品は常に「人の弱さ」に焦点を当てています。

 だれもが心当たりのあるような「弱さ」を抱えた人間が数多く登場します。それゆえ人を傷つけ、傷つき、はては他者の命を奪ってしまうことさえも・・・・・・。

 しかしその描き方は、冷たく突き放すというよりも、むしろ愛しげに慈しんでいるように感じます。

 

 涙をこらえて「故郷には二度と帰らない」と告げる晴美に、主要キャラの三人、片山兄妹と友人の石津刑事はそれぞれ、

「女は強いなあ」

「女は哀れね」

「女はすてきですねえ」

 と口々に言うのです。

 かつて愛した男が墜ちていくのを見ることしかできなかった女性に、赤川はこんな言葉を贈るのです。

 

 赤川次郎が描いた「もしもの続き」は、突飛なようで生々しいほど現実的な破滅と再生の物語でした。

 ときには自身の熱情に、ときには生まれ持った宿命に、ときには己の弱さに翻弄されながらも、幸せを掴もうとした人たちの物語です。

 こちらの記事でご興味を持った方はぜひ「三毛猫ホームズの駆け落ち」または他の赤川次郎の作品を手にとってみてください。

 損はさせませんよ、たぶん。

 

 

 

※話が脇筋にそれるので書こうか迷ったのですが、追記的に書いておきます。

 作中晴美はナイフで刺され、生死の境をさ迷いますが、一命を取り留めます。

 しかし捜査陣の上層部、つまり片山刑事の上司たちはこれを利用し、「晴美は死亡した」という嘘の情報を伝えます。被害者が死亡したと知れば犯人が油断するという作戦です。(片山刑事にも嘘の情報が伝えられましたw)

 駆け落ちのために死んだと見せかけたジュリエットに通じる作戦ですね。ここにもオマージュした作品に対する遊び心が垣間見えます。